今日は、8月6日。
ちょうど71年前、広島に原爆が投下され、14万人もの尊い命が犠牲となりました。
日々、当たり前のように生きていますが、生命って何なんだ。ということを、少しだけ真剣に考えました。
以下、西田徹さんの「時空を旅する遺伝子」を読んで感じたことをベースにしています。
私たちは40億年前にそのスタートを切りました。
生命っていうのは、レースのようなもので、この世に生を受けるというのは、バトンを受け継ぐという意味を持ちます。
霊長類ヒト科のバトンを持ったランナーが走り始めて以来、人類はそのバトンをしっかりと繫いで来ました。そして、今、私たちは受け継がれたバトンを握りしめ、必死にそのトラックを走り続けています。
生命の神秘を考えると、必ず、偶然という言葉が出てきます。
ものすごい確率で、今の我々は存在していて、それを、奇跡と考えれば非常にロマンティックだし、自分ってすごく大切な存在なんだなあと理解することは可能なのですが、ぼんやりしていて、少し捉えどころが無いようにも思えてしまいます。
今生きているってことは、必然です。
生まれてくることができたということは、遺伝子レベルで考えれば、それだけで優れているのです。
そして、ひとつひとつの生命には、必ず使命があるはずです。
人は、使命のために生き、やがては死にます。
私は、死というのは、仕方なくやってくるもので、決して意図的なものではないと思っていましたが、しかし、そうではないのかもしれないなと思わせるエピソードに出会いました。
1961年に、ヘイフリックという人が面白い現象を発見しました。
ヒトの退治の細胞を取り出して培養してみると、細胞分裂は約50回が限界であるということがわかりましたそうです。
この現象はヘイフリック限界と呼ばれています。
この現象は、老化や死と、密接な関係があります。
この50回の限界を計るには、あるカウンターが作動しています。その役割を果たすのがテロメアという、DNAの断片だそうです。
テロメアは、細胞分裂時に、約20単位ずつ脱落して短くなります。テロメアとは、言い換えると、1000枚綴りの回数券で、一回電車に乗るたびに20枚が必要になるようなものです。
50回乗ってしまうと、それで旅はおしまいと言うわけです。
しかし、細胞には、テロメラーゼというテロメアを再延長させる酵素が存在します。(※呪文で言えば、ベホイミのようなものでしょうか。)使ってしまった命の回数券を、再度購入するようなイメージのものです。
大腸菌のような原核生物にはヘイフリック限界はありません。つまり、大腸菌には無限に分裂を続けます。このテロメラーゼが機能するからだそうです。
つまり、何らかの事故にさえ遭わなければ、大腸菌は不老不死なのです。
ところが、ヒトのような真核生物には死があります。
体細胞自体にはテロメラーゼを作る遺伝子を持っているのです。
なのに、その発現が抑制されていて、結果として老化が進行して、死に至るのだそうです。
つまり、命の回数券を再購入する能力が兼ね備えられているのに、それを意図的に封印しいるのです。
ただ、ある一箇所でこのテロメラーゼが活躍しているのだそうです。
その場所が、生殖細胞です。
自分自身は命の回数券を使い切って死ぬのですが、将来の子孫には満額の回数券をもたせてやるというわけです。
私たちは、40億年もかけて、想像をはるかに越える数の生命のバトンを受け継いでいるということになります。
もちろん、事故死によって、命を絶たれることも多々あるでしょう。
これもポジティブに捉えることができるのです。
ウサギは、なんでぴょんぴょんと跳べるようになったのか?という話があります。
ウサギの先祖はもともと、ネズミの様にちょこちょこと地を這う動物でした。
それがある時、突然変異で、飛び跳ねる力に優れた個体が生まれたのだそうです。
狼みたいな肉食動物が、この先祖たちの群れを襲ったとします。
このとき、新しい有利な突然変異を手に入れた個体は、ぴょんぴょん跳んで逃げることができます。
しかし、旧タイプは、無残にもやられてしまいます。(=事故死)
このプロセスこそが、ぴょんぴょんと跳ねる現代のウサギへと進化させたのです。
事故死がなかったら、跳躍力に劣る旧タイプのウサギが死ぬことがなかったわけですから、
新しく優れたものは埋もれたままなのです。
このような話は、私たちの生活に置き換えて考えてみても、当てはまることが多々あるのではないでしょうか。
身近な大切な人の死は、想像を超える悲しさがあります。
できることなら、考えたくもありません。
今日は8/6です。
すべての死に、意味があり、生あるものが、バトンを受け継ぎ、懸命に生きているのだと考えると、少し救われる部分もあるかと考えました。
人間は、一元化、二元化することのできる存在ではありません。
多面性を帯びた存在で、計り知れない可能性を秘めています。
人通しが故意に殺しあうことない平和な世の中を切に望みます。
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